端折ってはありますが大体こんな内容です。
私は、昭和29年生まれの25回生です。
姉、妹、弟、そして私、4人とも御船高校にお世話になりました。
七滝に生まれた人は9割以上が農家の子供でした。
そのころから農家は貧しく、家の事情で高校に行けない人たちもたくさんいました。
両親は年中仕事をしていた覚えしかありません。
きっと4人の子供を高校だけは卒業させたいと必死だったのでしょう。
私は両親からテスト結果を聞かれたり「宿題をしたか?」と言われた記憶がありません。
おかげさまで、なんでも自分で決める自立心だけは立派に育ちました。
高校生活は、バレーボールに始まりバレーボールに終わりました。
先生も新人戦でまず1勝を目指して鍛えてくださいました。
一生懸命練習を重ね、なんと県大会で3位入賞を果たしたのです。
学校をあげて祝っていただきました。
45歳のとき、病気で突然主人を亡くしました。
45歳で息子と2人残された私に、仕事スイッチが入ったのはこのときです。
両親は仕事とはなんなのかを、身をもって教えてくれたました。
高校でバレーボールに打ち込んだ3年間と、両親が身をもって教えてくれた仕事の厳しさに今は感謝の気持ちでいっぱいです。
書いたのはずっと前で忘れていましたが、今日会報が届きびっくりしてしまいました。
探せば人世感謝しかありませんね。
今年もあと少しになりました。もう一踏ん張りです。
本日もお読みいただいてありがとうございました。
感謝